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九鬼嘉隆

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九鬼嘉隆陣跡
九鬼嘉隆(1542〜1600)
志摩国鳥羽城主
伊勢湾・紀伊水道・熊野灘一帯の海域を制していた水軍の有力武将である。織田信長の死後は豊臣秀吉に仕えて、その豊臣水軍の大将格として活躍する。文禄の役では、主力戦艦である安宅船「日本号」を率いて渡海し、藤堂高虎・脇坂安治らの水軍とともに李舜臣の朝鮮水軍と戦う。関ヶ原の戦いでは、石田三成に味方して子の守隆と対立したが、西軍の敗北により鳥羽城から退去し、守隆の助命が届く前に自害する。なお、彼の陣跡は名護屋城北方の内陸部に位置しており、なぜか海には面していない。